源泉所得税の税務調査はどこまでチェックされるのか?
2021/9/27
2021/09/27
この記事の監修
フィンテリックス総合会計事務所 税理士中山 正幸
1955年12月生まれ/長崎県長崎市出身
国税局では主に国際税務・調査業務に携わる
平成27年税務署長に就任、翌年退官。
平成28年8月税理士登録
源泉所得税の納税義務者の範囲はとても広く、会社や個人事業主はもちろんのこと、官公庁、社団・財団などや学校など、人を雇用して給料を支払っている者及び税理士・弁護士などの士業に対して報酬を支払っている者、原稿料・講演料などを支払っている者は納税義務者になることになります。
実際、税務署の調査官は会社や個人事業主など以外についても税務調査に行っています。
税務署の調査官から源泉所得税の調査予告を受けると何を用意していいのか、どのような点を見るのか、とても気になるところです。
今日は、準備すべき書類等と調査のポイントについて解説します。
源泉所得税の担当部署
源泉所得税の調査を担当する部署は、税務署の法人課税部門における調査部門と源泉所得税担当及び個人課税部門の調査担当になります。法人課税部門の調査部門や個人課税部門は所掌する法人・個人の法人税・消費税・印紙税等や所得税の調査と同時に源泉所得税の調査(税務署では法源消諸同時調査や所消諸同時調査といいます。)を行ことになります。
法人課税部門の源泉所得税担当は、内部の事務処理を行う部門と調査を担当する部門に担当が分かれています。
調査を担当する源泉所得税部門の調査を源泉単独調査といい、各税目を同時に税務調査を行うのではなく、源泉所得税のみを行うことから一般的な税務調査(法源消諸同時調査)と区分されています。
国税局の調査部が管轄している大規模法人の調査は調査部が担当する訳ですが、源泉所得税についての調査権限は調査部に付与されていないことから、どんなに大規模の法人であっても源泉所得税の調査は税務署の法人課税部門の源泉所得税担当(調査担当)が実施することになります。
国税局の調査部の調査と税務署の源泉所得税部門の調査日程がダブること(調査部の調査予定を税務署に通知しているため)があるのは、よくある話しです。
源泉所得税の調査で提出を準備すべき書類等
税務署の調査官は源泉所得税の調査が始まる(大半は調査着手前に依頼があります。)と次のような書類等を要求してきます。
⑴事業概要関係
- 組織が発行するパンフレット類
- 役員、従業員の給与の状況が確認できる資料
- 組織図
- 社員名簿や職場の配席図
⑵給与関係
- 給与台帳、源泉徴収票(控)
- 保険料控除、配偶者特別控除、扶養控除等、住宅取得控除などの各申告書
- 給与、退職、旅費、表彰、福利厚生等の社内規定
- 住民税の特別徴収税額の決定通知および税務署から届く扶養控除是正に関する文書
- 退職所得の受給に関する申告書及び源泉徴収票
- 海外勤務者に関する出入国の状況
⑶経理関係
- 財務諸表、総勘定元帳、補助簿等
- 支払関係の請求書、領収書、会計伝票等
- 報酬・料金及び非居住者への支払いに係る源泉所得税の内訳明細
- 法定調書(控)等
- 送金依頼書、送金内容が確認できる資料等
- 租税条約に関する届出書、居住者証明書、特典条項に関する付表
- 源泉徴収
⑷議事録等関係
- 稟議書、決裁文書等
- 役員会議事録等
源泉所得税の調査のポイント
⑴給与等に対する源泉所得税額及び年末調整が適切に行われているか調査する
従業員等の各人別源泉徴収や扶養控除申告書等各種控除の内容及び添付資料を検討して、正しい税額が計算されているか検討します。
特に各種控除における証明書などの添付もれなどが多く発生することから、調査官は注意深く確認します。
また、2か月以内の短期のアルバイトに対する源泉所得税を徴収していないというケースは、よくあることなので勤怠に関する書類(タイムカードや勤怠システムのデータなど)を確認することになります。
⑵従業員等に対する経済的利益の供与や現物給与の有無を調査する
①給与関係を調査する
給与規定などから各種の手当金を把握し、適切に課税されているか確認します。
②福利厚生関係を調査する
福利厚生規定の内容を把握した上で、永年勤続者等に対する表彰金や社員旅行、レクレーションの実施状況などを確認し、給与所得として課税されるべきものの課税漏れの有無を検討します。
また、福利厚生規定の家賃補助や借り上げ住宅に課税が適正に行われているか確認します。
③旅費関係を調査する
特に非課税限度額を超える通勤手当について適正な課税が行われているかなどを確認します。
④受取利息関係を調査する
役員や従業員に対して、無利息や低利貸付を行っていないか確認します。通常の利息相当額と徴収している受取利息との差額は経済的利益として給与課税が行われます。
⑤交際費関係を調査する
交際費に限らず、経費全般に言えることですが、役員や従業員が負担すべき個人的経費の意図的な付込みを把握することは税務調査の重要項目となっています。この場合、請求書・納品書などの証拠資料の内容を改ざんしていたりすると本税のほかに、重加算税が課税される恐れがあります。
⑥海外勤務者関係を調査する
海外に出向して非居住者となった従業員等に対する給与は国内勤務分がない限り源泉所得税は発生しませんが、国内勤務分がある場合には源泉所得税が課税されます。
調査では、この点を確認するため、出向者の入出国の状況や日本での行動などを詳細に質問してきます。
⑶報酬・料金に対する課税が適切に行われているか調査する
①支払手数料・外注費関係
著作権の使用料、デザイン料、原稿料などの支払いに係る源泉所得税が適切に源泉徴収されているか確認します。特に、スポットの取引は徴収漏れとなるケースが多いため、調査官は経常的に発生する支払いより
②士業に対する支払い関係
弁護士、税理士、司法書士等の士業に対する支払いには必ず源泉所得税の源泉徴収が必要です。特に多額の支払いの場合には税率が変わる(例えば、100万円までは税率が10.21%だが、100万円超の部分は20.42%となる。)ため調査官は多額の支払いについての適用税率を中心に検討することになります。
③広告宣伝費関係
広告宣伝費には、デザイン料や原稿料、著作権の使用料の支払いが多いことから源泉所得税の徴収漏れも発生しやすい勘定科目になっています。
特にスポット取引の場合、相手方の請求書に源泉所得税の項目が無いため、そのまま徴収漏れとなってしまうケースも散見されることから、注意が必要です。
⑷退職金に関する課税が適切に行われているか調査する
まず、退職所得に関する申告書が提出されているか、源泉所得税が正しく計算されているかを確認します。
次に勤続年数のカウントが正しいかを確認するとともに、退職の事実が有無を確認します。退職の事実がないにもかかわらず退職金を支給している場合には、給与(賞与)として取扱われ、税額が大きくことなってきます。
⑸非居住者等に対する支払いを調査する
非居住者又は外国法人に対して国内において源泉徴収の対象となる国内源泉所得の支払いをした場合には、源泉徴収をする必要があります。
税務署の調査官は、非居住者や外国法人が支払先になっていると丹念に提出書類の検討を始めます。源泉所得税の課税漏れが多いからです。
特にスポットの取引先や多額の支払いについては重点的にチェックをしています。
なお、国税庁のタックスアンサー№2878「国内源泉所得の範囲(平成29年分以降)」によると国内源泉所得には次のようなものがあります。
- 恒久的施設帰属所得、国内にある資産の運用又は保有により生ずる所得、国内にある資産の譲渡により生ずる所得
- 組合契約等に基づいて恒久的施設を通じて行う事業から生ずる利益で、その組合契約に基づいて配分を受けるもののうち一定のもの
- 国内にある土地、土地の上に存する権利、建物及び建物の附属設備又は構築物の譲渡による対価
- 国内で行う人的役務の提供を事業とする者の、その人的役務の提供に係る対価(例えば、映画俳優、音楽家等の芸能人、職業運動家、弁護士、公認会計士等の自由職業者又は科学技術、経営管理等の専門的知識や技能を持つ人の役務を提供したことによる対価がこれに当たります。)
- 国内にある不動産や不動産の上に存する権利等の貸付けにより受け取る対価
- 日本の国債、地方債、内国法人の発行した社債の利子、外国法人が発行する債券の利子のうち恒久的施設を通じて行う事業に係るもの、国内の営業所に預けられた預貯金の利子等
- 内国法人から受ける剰余金の配当、利益の配当、剰余金の分配等
- 国内で業務を行う者に貸し付けた貸付金の利子で国内業務に係るもの
- 国内で業務を行う者から受ける工業所有権等の使用料、又はその譲渡の対価、著作権の使用料又はその譲渡の対価、機械装置等の使用料で国内業務に係るもの
- 給与、賞与、人的役務の提供に対する報酬のうち国内において行う勤務、人的役務の提供に基因するもの、公的年金、退職手当等のうち居住者期間に行った勤務等に基因するもの
- 国内で行う事業の広告宣伝のための賞金品
- 国内にある営業所等を通じて締結した保険契約等に基づく年金等
- 国内にある営業所等が受け入れた定期積金の給付補てん金等
- 国内において事業を行う者に対する出資につき、匿名組合契約等に基づく利益の分配
- その他の国内源泉所得(例えば、国内において行う業務又は国内にある資産に関し受ける保険金、補償金又は損害賠償金に係る所得がこれに当たります。)
まとめ
源泉所得税の税務調査は、他の税目(法人税、所得税、消費税、印紙税等)などと同時調査で行われることが大半です。そのため、調査日程の関係から比較的、深堀されないまま調査が進む時があります。これは、メインの税務調査が法人税もしくは所得税だからです。
しかしながら、課税漏れを1件でも発見すると調査官は豹変します。他にもないか、もっとないかと躍起になって課税漏れを探してきます。
また、源泉所得税単独調査の場合には、他の税目見る必要が無いので詳細に確認作業(請求書や社内規定等の内容の検討)が進みますので、おのずと追徴課税のリスクが高くなる訳です。
源泉所得税は、その対象となる支払いが多岐にわたることから、日頃の支払内容のチェックと社内規定のチェックは必須ではないかと思います。